【WEB】勉強会開催報告「同志社 in 京都 by 京都人」

令和8年10月23日(金)午後6時30分から午後8時まで、同志社社労士クローバー会のオンライン勉強会を開催しました。
講師の千賀俊男氏から、「同志社 in 京都 by 京都人」をテーマに、京都の歴史や文化、そして同志社の成り立ちについてお話しいただきました。

これまでの勉強会では、社労士の実務に関わるテーマを多く取り上げてきました。今回は少し趣向を変え、日頃の業務からひと息つきながら、京都と同志社について学ぶ時間となりました。

前半は、地図を見ながら京都の地理や文化、産業について紹介していただきました。任天堂やアイフルといった京都ゆかりの企業のほか、天龍寺をはじめとする京都五山、南禅寺など、なじみのある場所も、その位置や歴史を聞くと新たな発見があります。京都の文化は、名所や建物だけでなく、今の町並みや産業にも受け継がれているのだと感じました。

後半では、幕末から明治にかけての京都の歩みを、桂小五郎(木戸孝允)、山本覚馬、新島襄、北垣国道、田辺朔郎らの活躍とともにたどりました。政変や戦乱で京都の町が大きな被害を受け、天皇と首都機能が東京へ移ったことで、人口や商工業が衰退する危機に直面したことが紹介されました。そうした中、教育の充実や新しい技術の導入によって、京都の再生に力を尽くした人々がいたことが印象に残りました。

新島襄は山本覚馬らの支援を受け、1875年、教員2人・生徒8人で同志社英学校を開きました。木戸孝允が政治制度の改革に取り組み、山本覚馬と新島襄が教育や人材育成に力を注ぎ、北垣国道と田辺朔郎が琵琶湖疏水などを通じて町の基盤を整える。それぞれの働きが、京都の再生を支えていたことがよく分かりました。

同志社は、長い歴史と伝統を持つ京都の文化の中で育まれ、京都が再生と発展を目指した時代に誕生しました。今回の講演を通じて、京都の文化の深さと長い積み重ねを改めて感じるとともに、その京都に同志社が根を下ろし、発展してきたことの意義を再認識しました。京都と同志社のつながりを身近に感じられる、興味深い勉強会となりました。千賀氏に心よりお礼申し上げます。

事務局 平野勝彦


勉強会資料